2026.10.04 08:00日本は女性を大事にしてきた国江戸時代でも日本は女性の地位が高かった 9月28日に発表された東京大学の次期総長予定者が、学内投票で過半数を獲得しているのみならず学者としての業績(論文の被引用数)でも圧倒的優位にたつ男性教授ではなく、その半数の票しかとれていない女性教授に決まったことから、「女性枠総長」として話...
2026.09.27 08:00混浴は素朴?みだら? 混浴に仰天 江戸時代の日本はあちこちに公衆浴場がありましたが、湯気を逃がすという構造上の理由と、盗難防止など相互監視の狙いもあって、どこも往来から中が見える構造でした。当時の脱衣所は浴室と一体でしたから、着物を脱ぐところから身体を洗っているところまで、すべて丸見えです...
2026.09.21 08:00清潔は熱い!日本人は臭わない 幕末に外国人が日本を訪れるコースは中国経由がほとんどでした。 軍艦でやってくる場合でも、香港や上海に寄港して必要な物資を補充してから、長崎や横浜に来航しています。そうやって、はじめて日本に足を踏み入れた外国人が感心するのは、日本の町並みや人々が清潔なこ...
2026.09.13 08:00馬の「わらじ」をこっそり変更プラントハンター 前回は、島津斉彬が中国(清)人の頑迷さを利用して薩摩藩の旧式武器を中国に売却し、その代金で西洋の最新兵器を買おうとしていた話を紹介しました。今回も日中の民族性に関する話です。幕末に日本を訪れた西洋人は中国経由でやってくることが多かったのですが、伝統に固執する中国...
2026.09.06 08:00創意軽視・伝統重視儒家思想 前回、アヘン戦争(1840~1842)で中国(清)軍がとったトンデモ戦法を紹介しましたが、中国はイギリス軍に完敗するまで、西洋文明など相手にしていませんでした。といっても、西洋の武力をまったく知らなかった訳ではありません。アヘン戦争のほぼ半世紀前には中国は西洋のすぐれた...
2026.08.30 08:00アヘン戦争、中国(清)軍のトンデモ作戦敗戦ショック 1842年(天保13年)、アジア最強といわれていた中国(清)が、アヘン戦争でイギリスに完敗したという情報は、日本の指導者たちに大きな衝撃をあたえました。というのも、周囲の国を東夷・北狄・南蛮・西戎と呼んでさげすみ、みずからは中華と称していたアジアの大国が、西洋の小国...
2026.08.23 08:00特命全権大使になぜ儒者が選ばれたのか?日米・日露和親条約交渉 幕末の歴史を調べていると、さまざまな疑問点が出てきます。表題にかかげたものも、その一つです。嘉永6年(1853)6月3日、アメリカ東インド艦隊司令長官ペリーが4隻の軍艦をひきいて江戸湾に現われ、開国・通商を要求するフィルモア大統領の国書を押し付けて去って行...
2026.08.16 08:00医学館vs.医学所幕末の医学は、漢方医学と蘭方医学という二つの系列に分かれていました。その漢方医学の本拠となったのが医学館で、これに対抗して蘭方医が開設したのが医学所です。漢方医師の教育を担った「医学館」 江戸時代の医者には,幕府の医師だけでなく、各地の大名のお抱え医師である藩医、町や村...
2026.08.09 08:00漢方と蘭方奥医師は漢方医のみ 前回、タイコモチ医者といわれた高村隆徳が奥医師試験を受けたとき、漢方の基本薬である葛根湯のことを答えられなかったという話をしました。それとはちがうのですが、基礎問題は解けないが難問には答えられて、医師試験に合格した人物がいます。島津斉彬とも親しかった西洋医学の...
2026.08.02 08:00タイコモチ医者、じつは名医?絶家した旗本を継いで開業 前回は、田舎から出てきた医者の槇島隆徳が産婆と組んで、将軍御側御用取次をつとめる土岐豊前守の妹の出産につけこみ、ありもしない症状を騙って不安をあおり、治療が成功したように思わせて感謝され、安産祝いの席で、兄の豊前守から「拙者の屋敷に来い」と声掛けをされた...
2026.07.26 08:00幕府医師のピンとキリ世襲できない奥医師 江戸時代は身分制社会でしたから、父親の職業とその地位を長男が代々継承していくというのが基本ルールでした。幕府内における地位も同様です。前回まで取り上げてきた川路聖謨のように、下級武士から旗本の最高ポストに到達するようなケースは、ごくわずかな例外にすぎません。し...
2026.07.19 08:00川路聖謨の末路井伊大老が川路を左遷 これまで、4回にわたって川路聖謨を取り上げてきました。というのも、下級武士の出でありながら異例の出世をした川路は、行く先々の部署で卓越した業績を残した、まさに幕臣のスーパースターだと思っているからです。島津斉彬が「時事談の友」としたというのも、よく分かります...