鶴丸城でもお参りが

 前回は飢饉に苦しんだ人々が御所に御千度参りをして、南門でお賽銭をささげた話をご紹介しました。

じつは薩摩藩にも似た出来事があります。

領内の士民が鶴丸城にお参りしてお賽銭をささげていたのです。

それは島津斉彬が藩主になって間もないころでした。


藩主になって最初の施策は領民の生活安定

島津斉彬は嘉永4年(1851)2月に薩摩藩主に就任し、5月に藩主として初のお国入りをしました。

国元に帰った斉彬が最初に行ったのは、米価引き下げと困窮者救済です。

というのも、その前年に領内をおそった大風で農作物の被害が大きく、そこに商人の売り惜しみもくわわって米価が高騰し、人々が生活に困っていたからです。

斉彬は藩の蔵にあった米を安値で放出させたので、1石あたり19貫5~600文していた米が14貫5~600文に下落しました。

下落率で見ると25%強の値下がりですから、かなり安くなっています。

ところで、生活に困っていた点では武士も例外ではありません。

というのも薩摩藩は人口に占める武士の割合が多く、武士が全国平均の4倍もいました。

言いかえれば、武士の平均収入が他藩の4分の1しかなかったということです。

当時は窮乏した城下の武士が夜になるとこっそり町家をおとずれて、食べ物を乞うような状況だったようです。

そのころの悲惨な話が伝わっています。

それはある下級武士が貧乏のために食べ物を手に入れることができず、親子三人が裃(かみしも)をつけて帯刀のまま餓死していたというものです。

この話をきいた斉彬はその対策として、すこし生計のゆたかな者を小組頭という新設の役職につけて担当する区内の現状を視察させ、貧窮者がいればただちにこれを上申させて、昼夜を問わず即刻に救助米を下付するようにしました。

また7月と8月の2回にわたり、禄高の少ないものや藩の役についていない貧窮士族約2,000戸に1俵(3斗入り)ずつの米をくばりました。

当時の様子について、斉彬公史料にはこのように書かれています。(抜粋し、読みやすいよう現代文に改めています。原文はこちらの271頁)


盆祭の前だったので、祖先の祭祀も殿様の恩恵を以て営むことができた。

実に大干ばつのときにに雨露の沢を蒙ったようで、上も下も喜色を顕わして喜びの声が街じゅうにあふれ、神明とおなじように尊重したてまつった。

このように仁恵の措置があったので、夜な夜な男も女も御城下に参拝するものが多かったそうで、御楼門に賽銭を捧げる者もあったらしい。

【「一九一 窮民救恤米価下落云々ノ御書取」『鹿児島県史料 斉彬公史料第一巻』】

鶴丸城城門前で拝む人々(『照国公感旧録』挿絵)


初詣は鶴丸城

また斉彬の居城である鶴丸城に”お参り”する者もたくさんいたようです。

明治37年の史談会で寺師宗徳が、国元で刀剣係として斉彬に仕えた川南盛謙から聞いた話として、このようなエピソードを披露しています。(読みやすくするため現代仮名づかいにし、漢字の一部を平仮名にかえて、句読点をおぎなっています)


家督後帰国の歳末に貧窮士族の軒別に金や米を下されたことがござります。
元日の朝城門を開きますと、一文銭や二文銭を紙に捻りて神様に御参りする時の賽銭と同じく城門の外におびただしく捧げてあった。
それは真に有り難いと言って、老人や婦女子が賽銭を捧げて拝みに来たという訳であります。
それ程に人心の帰服した人で、家督八年の内にアア云う頑固の国風を変じて、世の進運に遅れぬような働きを為されたことで、西郷大久保の如き偉人物も世間では独りでに出来た様に云い囃しますけれども、畢竟其志を成さしめられたは公の賜のである。
【「島津斉彬公逸事及川南盛謙君の事歴附三十節」『史談会速記録第149輯』】


斉彬は夏に続いて年末にも貧窮士の生活援助をおこないました。

それに感謝した人々が、大晦日の夜から元旦にかけて鶴丸城の城門(御楼門)前で殿様に感謝の祈りをささげ賽銭を供えたので、門前にたくさんの賽銭があったのです。

御所にお参りした人々は飢饉からの救済を願ったのですが、鶴丸城にお参りした人たちは生活苦を救ってくれた殿様へのお礼参りでした。

島津斉彬は安政5年(1858)に急逝しますが、生前の功績が認められて文久3年(1863)に朝廷より「照國大明神(てるくにだいみょうじん)」の神号が下付され、翌元治元年(1864)に斉彬を祭神とする照國神社が創建されました。

同神社は鹿児島市の中心部に位置する鶴丸城跡のすぐ近くにあり、鹿児島市内で最も初詣客が多い神社として、今も人々から崇敬されています。





幕末島津研究室

幕末島津家の研究をしています。 史料に加え、歴史学者があまり興味を示さない「史談(オーラルヒストリー)」を紐解きながら・・・ 歴史上の事件からひとびとの暮らしまで、さまざまな話題をとりあげていきます。

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