2026.07.19 08:00川路聖謨の末路井伊大老が川路を左遷 これまで、4回にわたって川路聖謨を取り上げてきました。というのも、下級武士の出でありながら異例の出世をした川路は、行く先々の部署で卓越した業績を残した、まさに幕臣のスーパースターだと思っているからです。島津斉彬が「時事談の友」としたというのも、よく分かります...
2026.07.12 07:00川路聖謨と北方領土ペリーの1ヶ月半後に来たのは? 島津斉彬の「時事談の友」だった川路聖謨ですが、彼を語る上でどうしてもはずせないのがロシアとの交渉です。日本の開国といえば、まず連想するのが「黒船来航」。嘉永6年(1853)にアメリカ東インド艦隊司令長官のペリーが軍艦4隻で浦賀に現われて、開国と通商...
2026.06.21 08:00教育で出世”させる”長男・次男を養子に出す 以前に「幕府役人のキャリアパス」の回で取り上げた幕末の名勘定奉行川路聖謨ですが、彼は豊後日田の代官所手代内藤吉兵衛の長男として日田で生まれました。幼名は弥吉といいます。父吉兵衛は甲州の浪人で、諸国を放浪中に日田の代官所手代と知り合い、その娘を嫁にして自分も...
2026.03.15 08:00江戸時代の「暗記カード」下座見カルタ 前回は大名行列の先頭を歩きながら向こうからやってくる行列の槍鞘を見て、だれの行列かをすばやく判断する「下座見」という役割を紹介しました。ここでひとつ疑問がわきます。それは、「下座見はどのようにして各大名の槍鞘をおぼえたのか?」です。武鑑の各ページを繰りながらおぼえて...
2026.03.08 08:00大名行列を見分ける専門職がいた下座見 前回の話で旧広島藩主の浅野長勲(ながこと)が、江戸市中では大名行列どうしが出会うことが始終あり、そのばあい「向うから行列を見ると、上杉弾正大弼様というふうに、先におる者が知らせる」と語っていたことを紹介しました。この「先におる者」というのが「下座見(げざみ)」です。一般的...
2026.03.01 08:00大名行列の挨拶大名行列が出会ったとき 江戸時代は、さまざまなしきたりにしばられた社会でした。なかでもうるさかったのが、「礼儀作法」です。武士階級においてはこれによって身分の違いを分からせたので、さまざまな場面での「礼儀作法」つまり「どのようにふるまうか」が細かく定められていました。...
2026.02.08 08:00勤労者の負担は江戸時代の農民以上消費税減税 今日は衆議院選挙の投票日でした。今回の選挙で興味深かったのは、ほとんどの党が「消費税減税」を公約にしていることです。自民党は岸田・石破内閣時代には「消費税は絶対に下げない」といきまいていたのに、高市内閣に代わると「食料品の消費税を2年間ゼロにする」と言いはじめました。...
2026.02.01 08:00大名は画力も必要大名の宴会では「ライブペインティング」が人気 以前「能は大名のたしなみ」のところで、「大名の素養として茶道や和歌はとうぜんですが、欠かせないものが『能』です」と述べました。じつは、それ以外にも必要なたしなみがあります。それは「絵が描けること」です。前回紹介した、富山市埋蔵文化財セ...
2026.01.18 08:00殿席のランクと配置は?江戸城各丸の配置 江戸城は将軍の住居と幕府の政庁を兼ねる「本丸」、前将軍の御台所や側室が住む「二ノ丸」・「三ノ丸」、大御所もしくは将軍世子が住む「西ノ丸」で構成されていました。『東京市史稿 皇城篇』によると、広さは本丸が34,539坪、二ノ丸が37,585坪、三ノ丸が22,067...
2026.01.11 08:00大名の序列は「家格」で決まる大名ランキングの基準は? 世間では、よく「〇〇ランキング」「〇〇ベスト10」などといって、特定の集団や事柄に序列をつけたがります。たいていの場合、その序列は、基準とする数値の大小で決まるようです。では、江戸時代において大名の序列の基準はどうだったでしょうか。現代のイメージなら「規...
2026.01.04 08:00正月登城は寒さとの戦い大名の登城日 参勤交代で江戸にいるときの大名は、江戸城に登城する日が定められていました。まず月次御礼(つきなみおんれい:定例のあいさつ)として、毎月1日、15日、28日の登城があります。さらに、年始(正月1~3日:大名のランクによって日が異なる)、五節句、嘉祥(かじょう:6月16...
2025.11.30 09:00立小便禁止中国人観光客急減 高市首相の国会答弁に反発した中国政府が、日本への制裁として、自国民に日本観光を自粛するよう求めたため、中国からのインバウンド客が急減しています。日本を訪れるインバウンド客で一番多いのは中国人でしたから、観光収入を減少させて日本を困らせ、国民が高市政権に反対するよ...