斉彬と鍋島直正(4/6)すぐれたものは即導入

甲冑は武士のシンボル? 

斉彬と直正は考え方もよく似ており、旧来の慣習にとらわれず、すぐれたものであれば進んでそれを取りいれました。

そのわかりやすい例が甲冑です。

 甲冑は古くから武士の戦支度に欠かせないもので、弓矢や刀槍で戦うときには防具として役立ちますが、鉄砲の弾を防ぐことはできません。 

しかし江戸時代は戦がなかったので、実用性がなくても武士のシンボルとして大事にされていました。 

たとえば徳川慶喜のインタビュー記録である『昔夢会筆記』にはこのような記述があります。


弘化元年(1844)三月二十二日、烈公恒例によりて仙坡(せんば)の原に追鳥狩を行わせらる。
これぞ当時名に立てる甲冑の実地訓練なる。(下線はブログ主)
(慶喜)公も御兄五郎君とともに従軍を許され給う。
二公子同庚(どうこう)の生れにて、今年甫(はじ)めて八歳の御幼年なれば、いまだ甲冑は召さざれども、はじめて陣羽織を着、太刀を佩(は)き、馬に跨(また)がりて未明に追手の橋上に出でさせられ、床几に倚(よ)りて待たせ給う。 
【「追鳥狩御参加の事」 渋沢栄一編 大久保利謙校訂『昔夢会筆記 徳川慶喜公回想談』平凡社東洋文庫】


幕府軍は、訓練だけでなく実戦においても甲冑を着用したようです。

慶応2年(1866)の第2次長州戦争の出陣の様子を、当時家茂将軍の侍医だった松本良順がこう書いています。 


三百年前の例に従うて、江州彦根の城主井伊掃部頭(いいかもんのかみ)を以て先鋒とす。
その出陣の日、将軍家は近侍の者を従えて城楼にあり、濠を隔ててその行軍を観る。
予(松本)もまた扈従中にあり。
この日彦根の総軍四百名、慶長中甲州より帰従せし者にして、かつて武田家に用いたりし赤装(あかぞなえ)の具を着したり。 
【「江戸の蘭疇」 小川鼎三・酒井シヅ校注『松本順自伝・長与専斎自伝』平凡社東洋文庫】


 甲冑は役立たないので無用

長州征討に出陣する幕府軍の先頭にたつ彦根藩井伊家は、戦国時代に武田家が滅んだのち、勇猛で知られた武田の家臣たちを召し抱えました。

その子孫たちは戦国時代のままの赤い甲冑を着用して長州に向ったのです。(その結果は当然ながら最新装備の長州軍に惨敗)

合理主義者である斉彬と直正は、銃砲で戦う時代に甲冑は役に立たず邪魔になるだけとして部下に着用させませんでした。

 二人のやりとりがこのように伝えられています。 

分りやすくするため現代文に書き直しました、原文はこちらの766頁。 


あるとき田町藩邸へ肥前佐賀斉正侯(直正)がお越しになり、土庫砲台のご見物をされたとき、調練のお話になった。 
佐賀侯が「調練に甲冑を着用されるか?されないか?」とお尋ねになると、
斉彬公は「甲冑は着用しない。実際の戦場で用をなさないのみならず、大いに動きの邪魔になって面倒だし、運搬の手間もかかるので一切もちいない。大小砲の戦になったので甲冑にて(砲弾や銃弾を)防ぐことはできない。今後は無用の品だ」とお答えになった。 
佐賀侯は「私も同じ考えで、国許での調練または長崎の警備においても一切用いることなく、股引・半天・半首と定めました」とおっしゃった。 
斉彬公がまたおっしゃるに、「昔も実戦の場で甲冑を着けたのは稀だ。大坂陣の絵巻にも甲冑を着けたのは稀で、平服または手ぬぐいなんぞで頭を包んでいる様子などさまざまだ。これが実態だと思われる」とのお話があった。 
佐賀侯が「その絵巻を拝見させていただきたい」とご所望されたので、「後日ご覧にいれよう」とのお答えになり、近習の者に「大坂陣の絵巻があるので、後日お目にかけよ」とのことであった。
この大坂陣の絵巻は家康公が描かせた実況の図で御蔵物にある、これは大山仲兵衛の談話。 
【「四六六 佐賀侯ト甲冑用不用ノ御談話」『鹿児島県史料 斉彬公史料第三巻』】 


このように合理的な考えの持ち主であることも二人の共通点です。  

鳥羽伏見の戦いにおける幕府兵(左)と薩摩兵(右)
戊辰戦記絵巻部分(ブログ主所蔵)


上にあげた図は戊辰戦争の始まりとなった鳥羽伏見の戦いを描いた絵巻物の一部ですが、洋装に統一された薩摩兵に対し、幕府軍には刀や槍を持った甲冑武者がいます。

幕府側にもフランス士官が訓練した洋装で最新鋭の銃を装備する伝習隊歩兵がいましたが、絵図に描かれている京都見廻組などは甲冑と刀槍といういでたちでした。

鳥羽伏見の戦いのあとで起きた江戸上野の戦いでは、寛永寺にこもる彰義隊に佐賀藩のアームストロング砲が大打撃をあたえています。

優れていると判断すればためらいなく取りいれるところは、二人に共通しているようです。



幕末島津研究室

幕末島津家の研究をしています。 史料に加え、歴史学者があまり興味を示さない「史談(オーラルヒストリー)」を紐解きながら・・・ 歴史上の事件からひとびとの暮らしまで、さまざまな話題をとりあげていきます。

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