御台所の食事は将軍より豪華
御台所の朝食
前回ご説明した将軍の朝食は二汁三菜でした。
では将軍の正室である御台所(みだいどころ)の朝食はどうだったでしょうか?
『千代田城大奥』にはこのように書かれています。(読みやすくするため、現代仮名づかいになおし、句読点を打って、一部を平仮名にしています。原文はこちら)
さてご飯の砌(みぎり)、御着座の次第は御台所の後ろに御小姓二人並びて坐し、
御座の前正面へ一の膳、側へ二の膳を据え、
御座へ対し少し下りて御年寄真先に坐し、少しく下りて右に中年寄着座し、
(中略)また御年寄の左り少し下がりて御中﨟着座し(以下略)
【「飲食」永島今四郎・太田贇雄編『千代田城大奥 上(朝野叢書)』朝野新聞社】
将軍の給仕は小姓でしたが、御台所の場合は後ろに小姓2名、正面に御年寄、その左右に中年寄と御中﨟がいて、正面の3名が給仕をつとめます。
(大奥の職名はわかりにくいのですが、幕府におきかえれば、御年寄は老中、中年寄が若年寄、御中﨟は側役というイメージです)
配膳は次の図のように、正面に「一の膳」、その横に「二の膳」が置かれます。
それぞれの膳に置かれるものは下の図のとおりです。
一の膳は中央に「腰高」と書かれているので、二の膳より少し高くなっていたのでしょう。
御台所の膳(『千代田城大奥 上(朝野叢書)』明治25年朝野新聞社刊より)
一の膳の上にある「チギ箱」と「鳩」は飾り物で、縁起物のようです。
食事の内容は季節によって変わりますが、この本で紹介されているものは
「一の膳」
汁(しる):味噌汁に落し玉子
平(ひら):さわさわ豆腐の淡汁(つゆ)にて、これには花の香を充分に入れる
置合(おきあわせ):カマボコ、クルミの寄せ物、金糸、昆布、鯛の切り身、寒天
「二の膳」
焼物:魴鮄(ほうぼう)
お外物(ほかのもの):玉子焼へ干海苔を巻きたるもの
御壺(おつぼ):煎豆腐(いりどうふ)
香の物:瓜粕漬(うりかすづけ)、大根の味噌漬
となっています。
香の物(漬物)は、メインキッチンである御広敷(おひろしき:大奥勤務の男子役人が詰めている区画)御膳所のものは不味いといって大奥の御膳所で独自に調理しているほか、お外物も同様に大奥でつけ加えています。
夫である将軍よりもリッチな食事ですが、サラリーマンの夫が社員食堂の定食を食べているときに奥様はホテルのランチバイキングを満喫しているようなものでしょうか。
一口ごとに魚を取替え
ところで上の図で一の膳の左上にある箸ですが、これは正面に座っている御年寄が御台所のために使うものです。
具体的には‥‥。
御飯を召し上がる時、御年寄は御膳の向こうに乗せある柳箸をとりて、御肴などムシリて差し上ぐ。
御肴は一箸にても召し上ればただちに「おかわり」と御年寄申し出すを御中﨟承りて、かたわらなる三方を両手にて目八分にささげ、三膝ばかり摺り出でて御年寄より御下がりを受け、元の座に摺り返りて後ろの敷居外に控えたるお次の者へ「何々のおかわりを」と申しつくる。
お次の女中居並びおる次の間には小さき御番立を置き、ここに表使控え、かたわらには御仲居一名陪席す。
さて御中﨟の命によりて、お次の者お仲居と、この間にておかわりを受け渡しするに、一々表使の検査を受く。
御飯のおかわりは中年寄これを承る。
すべて膳部に上つりし品は三度迄おかわりを差し上ぐる例なれども、最後の一人前は手つかずに下ること多く、即ち一品につき二箸づつを召し上がる割合なり。
御飯三碗(食は三碗に限る例なりとぞ)を召し終れば御中﨟は起きて、お次の者に「お茶を」と申しつくる。
【前掲書】
御台所が食事をするときには、正面に座った御年寄がさっきの箸で焼き魚を一口分むしって御台所に差し出します。
そして御年寄が「おかわり」というと、左に控えていた御中﨟がにじり出て、ささげ持った三方で一口食べただけのお皿を受け取り、もとの位置にもどって敷居の向こうにいるお次(役名)の女中へ「何々のおかわりを」と告げます。
敷居の向こう、つまりとなりの部屋にはお次の女中たちが控えていて、その横には小さなついたてがあり表使(おもてつかい)という監督担当の女官と仲居がいます。
(仲居は大奥御膳所所属の調理スタッフですが、各人に「お鯛」「お蛸」など魚にちなんだ名が付けられたそうです)
仲居はおかわりを準備して、表使の検査を受けたのちにお次の女中にわたし、お次の女中はそれを御中﨟にわたして、御台所のもとに届けられるという手順です。
一口分だけむしって皿を「おかわり」するということは、焼き魚の真ん中一口分だけしか食べないということです。
また、おかわりは三度までですが、御台所が食べるのは一品につき二箸までなので、最後のおかわりは手つかずで残されます。
つまり三食分のおかずを用意して食べるのは二食(二口)だけ、もったいない話です。
御飯を食べた量は毎回計測
さらに言うと、おかずのおかわりを渡すのは御中﨟でしたが、御飯のおかわりは御年寄の右に控えている中年寄の担当になります。
そうして、御台所が御飯を三碗食べ終わったら、御中﨟が「お茶を」と声をかけて食事タイムが終了します。
なお、将軍と同様に御台所の食事量も計測されていました。
御飯は三度とも奥御膳所にて必ず権衡(はかり)に掛けて見る例なり。
三度共に飯櫃に盛りし重量は六百目を定規とし、御飯済みて後再び量り見るにいつも四十目乃至五十目を減ずるに過ぎずとなり。
【前掲書】
「目」は「匁」とおなじで、1匁は3.75グラムですから「四十目乃至五十目」は150グラム~187.5グラムになります。
ごはん1合は330グラムですからその約半分、1合でコンビニサイズのおにぎりが3個できるので、御台所は毎回おにぎり1個半程度のごはんを食べているという計算になります。
一日のほとんどを部屋ですごしていることを考えると、まあこんなものでしょうか。
しかし、40~50匁しか食べないとわかっているのに、毎回その10倍以上の量を準備しているわけです。
1回の食事に10食分を準備
もっとあきれるのは、毎回おかずも10食分つくっていることです。
御膳部は初め十人前調理するを、御広敷番頭及び中年寄の御毒味にて二人前を減じ、八人前となり、此の中御台所に差し上ぐべき分三人前の内、最後の一人前だけはお手を触れずして下ぐること多く、詰り六人前は手附かずに残るなり。
残りの分は当番のお目見え以上にていただく。
【前掲書】
さきほど述べたように御台所が口にするのは実質2食ですが、御台所にだす前に御広敷番頭と御用達添番という男子2名の毒味役がすべての料理(1食分)を一口ずつ食べ、さらに毒味役の中年寄がひととおり(1食分)食べてチェックしています。
準備された10食から、この4食を引いた残りの6食を「当番のお目見え以上」がいただくということです。
「お目見え」というのは、「御台所にお目通りが許される者」ですから、仲居のような裏方は含まれません。
ついたての向こう側でおかわりを準備していた仲居さんたちにとっては、美味しそうな料理も目の毒に過ぎなかったということですね。
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